漢字は美しい―再発見

ディスプレイを基本とする空間デザインのプロデュースを長年手がけ、欧州の生活や生活空間に憧れ、幾度となく現地取材に通いデザイン・プロデュースに反映することを生業としていた時代がありました。

四十代のはじめ頃、中国を訪ねる機会があり、中国の博物館や美術画廊で伝統の古典や古文の甲骨・金文の文字ひとつひとつの造形の美しさや動きに魅せられました。漢字の多くは3500年ほども前に中国で作られました。その文字は形や情景のイメージから生まれた象形文字です。

古代の人々の観察眼やデザイン力、物事の考え方の深さに驚きを感じました。

今まで頭で理解していた書や文字の世界とは違った漢字の美しさ、古(いにしえ)の人々が生んだ漢字の文字に新鮮な感動を覚えました。

色彩(カラー)から白黒(モノクローム)へ

中国吉林省との縁で文化交流が始まり、書や篆刻を学びました。漢字の美しさと研ぎ澄まされた墨の濃淡の表現の奥深さを感じ、心の内側を磨く手法としてどんどんのめり込んでいきました。

一先ず今まで使ってきた色彩の全てを捨て、白と黒・墨の濃淡だけの書の世界に入り込み、書が楽しい毎日でした。

その楽しい「書」もそれを生業とした時から苦しみが始まりました。師にもつかず独自の表現方法を模索する日々。それは古典の本質を見極めながら漢字の骨格や成り立ちなどの研究に専念し、模倣でない個性を築きあげる作業でした。

書の展開

昔の日本の家屋には衝立や屏風などが装飾品としてのみならず道具としても日常の中に溶け込んでいました。これらは“用の美”に溢れた日本の知恵でもあります。

現代の生活空間に調和する“用の美の生活道具”の創作や現代建築に取り入れられている無機質なコンクリートの打ち放しの空間に合う緊張感のある独自の作風で“書作品”を展開し始めました。

今までの概念に臆せずこだわりを捨て、自分の感性のなせるままの表現を多く試みました。

生活の中には文字や言葉や音楽があって、それらから発想を膨らませていく作業が作品と繋がっていきます。

書の作品は生活空間の場―広い空間であっても、トイレのような狭い空間であっても―書の発するエネルギーが活力となる、或いはホッと心癒される存在であってほしいと気を込めて制作に励んでいます。

書をモチーフに、店舗のロゴデザインやお酒等のラベル制作や和雑貨の商品づくりもお手伝いさせてもらっています。

漢字が生まれてから長い年月が経過、人々の生活様式も変化し、多様化し、コミュニケーションの手段も多様化しています。

しかし自然の形や人間として大事なことは何も変わっていません。

漢字と取り組んでいるとその文字の持つ深い意味への驚きの連続です。

漢字の語源を知ることで筆の自由な表現ができ、書の楽しさに繋がっていきます。

アナログからデジタルへ

IT革命により様々な恩恵を得た一方で自分を見失い心が荒廃しているのではないかと思うときがあります。

色彩絵具を捨て白と黒の“書の世界”に入り込んだ頃、時代はアナログからデジタルへコンピューターの導入により急速に変化していきました。

世の中ではパソコンを絵描き道具として操る制作スタイルが始まりました。

自分自身は頭をデジタル思考に切り替えることができないままアナログ人間として現在に至っています。

人と人との直接的コミュニケーションが減少している現代、人の心に届くメッセージがデジタル時代には大切なことです。

作家としての伝えたいことも、先ずはネットというデジタル手法で発信しなければ届かない傾向にあります。残念ながらアナログ人間なので自身では出来ません。

作品をネットに紹介してメッセージを送り続けてくれる人が傍らにいるので、安心して作品制作に専念でき、どうにか人と繋がって、共感してくれる人を手探りしています。

これからも筆に思いを託して書いていきます!